「消費活動の贅沢」から「何もしない贅沢」「不自由な贅沢」へ!価値観の変化が起きました

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贅沢の変異 〜 消費が人生を豊かにするわけでは無いことに気づいた

「贅沢は敵だ!」

長期戦となり、物資不足の中戦っていた大東亜戦争の最中では、そういった戦時標語を掲げていた時代もありました。

戦後高度経済成長を経て、バブルを経験し現代へ。

日本を守る為に命を投げ打ってくれた先人の方々への感謝の気持ちもすっかり忘れ、贅沢が許される時代になりました。

※贅沢とは
実際の生活が必要とする以上の、分に過ぎた消費。「―が身を滅ぼす」「―に暮らす」。また、費用がひどくかかること。

食品はもちろん、家電、クルマ、住宅まで…

大量消費の時代。

バブルを過ぎた今でも、わたしたちの消費生活はさほど変わりはありません。

今日の日本においても、年間約1,700万トンの食品廃棄物が排出されています。

資本主義経済の発展に、消費は必須事項。消費のすべてが悪いわけではありませんが…

そういった社会の中で生きて行く中、私にも消費生活に疑問を覚える出来事が起きます。

2006年あたりでしょうか?

私は「お金持ち」になり大量に消費することに憧れ、起業を目指してサラリーマンを辞めます。

『収入が増えれば素晴らしい人生が待っているはず!』

との想いでした。

独立起業し、紆余曲折ありながら、ありがたいことにサラリーマン時代よりも良い収入を得られるようになりました。

ところが、なぜか幸せを感じない、生活の質の向上も感じられないという不思議な状況。

以前よりも経済的な余裕があるはずなのに、サラリーマン時代と何も変わった気がしないのです。

原因はカンタンでした。

・これまでコンビニで使っていた1000円が2000円になっている
・バス移動がタクシー移動になっている
・買っている本の数、飲みに行く回数が増えている

まったく質の同じ生活、同じ消費の量をただ増やしたしただけ。

収入は増えても、それだけでは素晴らしい人生にはなりませんでした。

この時、消費が人生を豊かにするわけでは無いことに気づいたのです。

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消費活動こそが贅沢→何もしない贅沢、不自由な贅沢へ価値観の変化

消費が人生を豊かにするわけでは無いと気づいてから、贅沢や楽しみへの価値観は大きく変わりました。

例えば旅行。

それまでの私の旅行といえば、

エグゼクティブフロア・クラブフロアの部屋は必須、オプショナルツアーをバンバンつけて、行った先の観光地をドンドン見て回って、お土産をガンガン買って

というもの。

現在私の旅行はというと、観光やお土産にほとんどお金を使わず、広さよりも景観の良いお部屋をとってホテルでのんびり。窓から見える景色を楽しんだり、ボーッと脳をからっぽにする時間を楽しんだりするようになりました。

『何もしない贅沢』を味わうようになったんです。

また、日常の消費行動にも変化が起きました。

例えば文房具。

それまでの私は、コンビニでボールペンやノートをバンバン購入し、インクを変える前にドンドン紛失し、仕事先でガンガン再購入する。

完全に使い捨ての消費。

現在の私は、銀座伊東屋などで何度も試し書きさせてもらい、心から気に入った万年筆を探し、購入して、長く大切に使うようになりました。

ノートの使い捨ても一切しません。

大切な手帳を、スケジュール管理にもメモにも使い、一年に一冊だけ買い換えるようにしています。

インクの補充が必要なく書けなくなれば捨てられるボールペンよりも、度々インクを補充し、ペン先のメンテナンスが必要で、時折インク漏れまで起こしてしまう万年筆。確かに不便かもしれません。

ところが今となってはインクの補充は楽しみのひとつです。『またたくさん書いたんだなぁ』という達成感を味わったり、その日の気分によって使うインクを変えてみたりと『不自由な贅沢』を楽しんでいます。

子供の頃、辞書がボロくなっていくのが勉強の達成感に繋がったのと同じように、使い込んだ手帳がヨレていく様も楽しみのひとつです。

参考:あなたの手帳が続かない理由と、手帳を書き続けるための3つのポイント

音楽への接しかたも変わりました。

以前は聴くかどうかもわからない曲でも、iTunesでバンバンダウンロードして放置。

今はライブで聴きに行くことが増えたほか、レコードを買うことも多いです。

レコードは管理も置き場所も面倒だけど、ジャケットを楽しんだり、特有のプチプチと聞こえるノイズを楽しんだりしています。

デジタルが当たり前の世界になると、アナログが楽しくなるんだなぁと。

お酒の飲み方や、珈琲の飲み方まで変わりました。

とにかく潰れるまで飲む酒や、高い酒を飲むことが楽しみだと思っていたのに、今は味を求め、お酒の背景にある歴史や文化を知ることを楽しんでいます。

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OPUS ONEを選ばなくても、カリフォルニアにはもっと自分好みのワインがあることを知りました。

もちろん、薀蓄をタラタラと語るような洒落臭い飲み方ではなく『これがこういう味になったのは、こういう理由があるんだ〜』という背景を知り、知識欲を満たすことが楽しいだけです。

珈琲も同様で缶コーヒーや、シアトル系コーヒーチェーンを飲み捨てるような飲み方から、ちょっと珍しい産地のものや、ピーベリーなどの豆を選んでフレンチプレスで自分で淹れたりと、手間をかける楽しみに変わりました。

これも決して意識高い系な感じではなく、単純に『これは美味しい』『これは好みだ』というような素朴な感動を味わっているだけです。

そんな楽しみ方ができるようになった今は、本当に上質で幸せな毎日になりました。

そういえば、加工食品が当たり前の時代になると、素材本来の味が求められたり、できるだけ加工しない、自然に近い食べ物が流行したりもしています。

人間は行き過ぎると原点に戻る習性があるのかもしれませんね。

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まとめ

「消費活動の贅沢」から「何もしない贅沢」「不自由な贅沢」へ。

大量消費の経験を経て、私の価値観は、ここ数年で大きく変わりました。

今となれば、なぜあんなにも『消費』を求めていたのだろう??と、少し不思議に思います。

どうやら私にとって 消費活動=幸せ ではなかったようです。

幸せというものは、自分の思った位置に存在していない事が多いような気がします。少しベクトルを変えるだけで、意外にも近くに見つかったりします。

今、幸せを感じ取れない状況にある人は、一度消費の質を変えてみてはいかがでしょうか?

思わぬ幸せに出会えたりするかもしれません。

今回は『消費が人生を豊かにするわけでは無い』というお話でした。

おしまい。

あ…

お金が無くても幸せ!とか、ミニマリスト的な考えとか、そーいうことではありません。収入が増えても消費をの質を変えなければ幸せにはなれない…というお話なので、読み間違えないで頂けると嬉しく思います。。

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ABOUTこの記事をかいた人

落合正和

マーケティング・コンサルタント&Webメディア評論家&ブロガー
2010年よりソーシャルメディアマーケティングに注目し、現在はオフラインでの商圏分析とソーシャルメディアマーケティングを融合したナレッジをベースに、企業や政治家、プロスポーツ選手といった方々へのコンサルティング活動、講演活動を行っています。
著書:はじめてのFacebook入門【決定版】(秀和システム)