AIを使ってブログやSNSの投稿を量産している人が急増している。2024年以降、国内でも生成AIをコンテンツ制作に活用する企業は推計2万社を超えた。個人事業主やフリーランスを含めれば、その数はもはや把握できない規模になっている。
「note記事の自動生成ノウハウ」のような情報商材もX(旧Twitter)では何度も見かける。
にもかかわらず、AI活用でコンテンツマーケティングの成果が劇的に上がったという声は驚くほど少ない。
なぜか。
AIが使えないからではない。AIの「使い方」が根本的に間違っているからだ。

目次
AIが自動的に生み出す「誰にも刺さらない文章」
私は2023年からGUGA(一般社団法人生成AI活用普及協会)の協議員を務め、10社以上の企業に生成AI導入支援を行ってきた。年間30回以上のセミナーで、経営者や個人事業主がAIをどう使っているかを間近で見続けている。
そこで繰り返し目にするのが、同じ失敗パターンだ。
「AIにブログ記事を書かせたら、なんとなくそれっぽい文章が出てきた。だからそのまま公開した」
この「なんとなくそれっぽい」が致命的だ。
AIには構造的な特性がある。安全設計と学習データの中央値に引っ張られる癖だ。これは欠陥ではなく、設計思想としては正しい。不特定多数のユーザーに対して、誤情報や偏った主張を返さないようにする仕組みだからだ。
しかし、この特性がコンテンツマーケティングにおいては最大の弱点になる。
AIに「○○について記事を書いて」と指示すると、必ずこうなる。
安全寄りの結論。無難なまとめ。曖昧表現で断言を避ける。バランスを取ることが目的化した記述。誰も傷つけない構成。教科書的な説明。最大公約数的な着地点。摩擦ゼロの表現。予定調和のストーリー。
要するに、どこかで読んだことがある、誰が書いても同じになる、毒にも薬にもならない文章が生成される。
これを「コンテンツ」と呼ぶのは無理がある。
中央値のコンテンツは、なぜ価値が薄いのか
ここで一つ、はっきり言い切る。
中央値、平均値、最大公約数に寄ったコンテンツは、人の気持ちに響かない。
理由は単純で、人が行動を起こすのは「自分だけに向けられた言葉」に触れたときだからだ。万人向けに書かれた文章は、結果として誰のためにもならない。
私がセミナーで繰り返し伝えていることがある。「あなたの商品は、すべての人に向けたものですか? だとしたら、それは誰にも売れません」と。これはコンテンツでもまったく同じだ。
Googleの検索品質評価ガイドラインでは、E-E-A-T(経験・専門性・権威性・信頼性)が重視されている。2022年12月のアップデートで「Experience(経験)」が追加されたのは、まさにこの問題への回答だ。実体験に基づかない、誰でも書ける情報の寄せ集めでは、もう検索で上位に表示されない。
ChatGPTやClaudeに「○○とは」と聞いて返ってくる教科書的な回答を、そのままブログにコピペして公開する。これを100記事やっても、Googleはその記事群を「価値あるコンテンツ」とは判断しない。LLM(大規模言語モデル)が生成する文章は、学習データの平均的な見解を再構成したものだ。平均の再構成を公開して、平均以上の評価を期待するのは矛盾している。
AIに書かせるな。AIを使って書け。
ここが分岐点だ。
コンテンツマーケティングにAIを使うなという話ではない。むしろ、AIは強い味方だ。問題は「丸投げ」にある。
私自身のコンテンツ制作フローを具体的に書く。
まず、テーマに対する自分の意見を音声で話す。キーボードは叩かない。スマホに向かって、3分から5分、自分が本当に思っていること、実際に体験したこと、クライアントとのやり取りで感じたことを喋る。
次に、その音声テキストをAIに渡す。ここで渡すのは「記事を書いて」という指示ではない。「この素材を使って、以下の構成意図に沿って再構成してほしい」という指示だ。さらに、私の文体ルール、禁止表現、ターゲット読者の属性、記事の目的を事前にAIに読み込ませてある。
この違いは決定的だ。
AIに丸投げした記事には「著者」がいない。誰が書いたかわからない、どこにでもある文章が出てくる。一方、自分の意見と経験を素材としてAIに渡した場合、AIは「編集者」として機能する。構成を整え、論理の飛躍を指摘し、表現を磨く。しかし、核にあるのは書き手自身の思考と体験だ。
この差が、読まれる記事と読まれない記事を分ける。

カスタム指示なしのAI活用は、ナビなしで高速道路に乗るようなものだ
もう一つ、実務レベルで重要なことがある。
AIに自分の文体や価値観を伝えずに使っている人が、体感で8割を超える。セミナー参加者にヒアリングすると、カスタム指示(システムプロンプト)を設定している人はほぼいない。Claude Codeの.mdファイルやChatGPTのカスタム指示機能を活用している人は、さらに少ない。
これでは、AIが中央値に寄るのは当然だ。AIには「あなたがどんな人間で、誰に向けて、どんなトーンで書きたいのか」がわからないのだから。
私の場合、Claude Codeには数千文字のパーソナルコンテキストファイルを読み込ませている。自分のキャリア、文体のルール、禁止表現、ターゲット顧客の属性、マーケティングフレームワーク、価値観まで記述してある。それでもなお、AIは中央値に引っ張られる。人間社会の「平均」に回帰しようとする力は、それほど強い。
だからこそ、AI任せにしない姿勢が必要だ。カスタム指示は最低限の防波堤であって、万能の解決策ではない。最終的にコンテンツの質を決めるのは、書き手が何を考え、何を経験し、何を断言できるかだ。
「自分の意見がない」問題にどう向き合うか
ここまで読んで、こう思った人がいるはずだ。「自分には発信するほどの意見がない」と。
断言するが、それは嘘だ。
40代、50代で事業を経営している人間が、意見を持っていないわけがない。日々の業務で判断を下し、失敗し、修正し、また判断している。その蓄積こそが「意見」だ。
問題は、自分の判断や経験を「コンテンツにする価値がある」と認識していないことにある。
私が研修でよくやるワークがある。「今年、仕事で一番悔しかったことは何ですか?」と聞く。すると、全員が具体的なエピソードを語り始める。取引先との交渉で譲りすぎた。新サービスの値付けを間違えた。採用した人材が3ヶ月で辞めた。
それがコンテンツだ。その悔しさ、その失敗、その判断のプロセスが、同じ立場の読者に刺さる。
AIはその素材を構成し、磨き、読みやすく整える力を持っている。素材を生み出す力は持っていない。素材は、あなたの中にしかない。
AIは「書く道具」ではなく「考えを形にする道具」だ
コンテンツマーケティングにおけるAIの正しい位置づけは、執筆代行ではない。
思考の整理者であり、構成の編集者であり、表現の校正者だ。
自分が何を伝えたいのかを明確にする。それをAIに渡す。AIが返してきたものを読み、違和感があれば修正する。自分の声が消えていたら、書き直させる。この往復が、AIを使ったコンテンツ制作の本質だ。
AIに丸投げで自動生成するのではなく、AIを使って自分の言葉で書く。
この一線を守れるかどうかが、これからのコンテンツマーケティングの成否を分ける。道具は進化した。問われているのは、道具を握る側の覚悟だ。






















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