mixiでの経験で感じたブログ、SNSの可能性
私自身、ブログという存在に助けられ、現在のビジネスを構築してきました。ここで少し著者の経歴をお話させていただきます。
サラリーマンとして、エンターテイメント事業や、アミューズメント施設の運営に携わることで得られたマーケティングの知識、経験を基に2006年個人事業をスタートさせました。
起業してからはマーケティングコンサルタントとして、企業のマーケティング企画から広告のライティング、商圏分析まで幅広い事業を展開していましたが、事業をスタートして2年ほどした頃、とても印象的な出来事がありました。
ある大手の飲食サービス事業社さまからある仕事の依頼をいただきました。
依頼の内容は、「アルバイトの求人がうまくいかず高い広告コストがかかっている。これを改善して欲しい」という内容でした。
この会社は全国に300店舗以上の飲食店を経営しており、そのほとんどの店舗において人手不足という悩みを抱えていました。サービス業ではよくある話ですが、アルバイトの離職が多く、常に補充を繰り返さないと店舗が回らないという状態です。
毎週のように新聞の折り込み広告や、求人誌を中心に募集をかけておりましたが、1度の募集で1名応募があれば良い方で、時には一人も来ないということもあり、繁忙期を直前に控え、状況は逼迫していました。
私も事業を立ち上げたばかりで、この規模の事業者からの依頼は初めてということもあり、何としてもこの案件を成功させたかった為、あらゆる手法を試します。
最初の7日間は、新聞折り込み広告の内容を新たに書き換えたり、求人誌に掲載する写真を変えたり、社内でのアルバイト紹介制度を提案したりと、さまざまな企画を打ち立てましたが、思うような効果は得られませんでした。
しかしながらその翌週、何気なく当時大流行していたmixiを閲覧していた時、mixiコミュニティ内で「求人コミュニティ」というグループを発見します。
mixiには、「コミュニティ」と呼ばれる掲示板のような機能があります。このコミュニティというグループに参加することにより、自分と同じ趣味関心がある人とコミュニケーションをとることができるのです。
「求人コミュニティ」には、雇用したい人と職を求める人の双方が活発にコミュニケーションをとっており、その賑わいを見た私は直感で成功を確信。
すぐさま「求人コミュニティ」に募集要項を掲載すると、これまで苦慮していた新聞折り込み広告や求人サイトとは比べ物にならないほどの反応があり、そのパワーには本当に驚嘆に値するものでした。
その経験を得た後は、求人コストの大半をWebに託すことでコストの削減を図りました。
クライアントさまのホームページ内に、求人ページを設け、アクセスを集めるための求人ブログを開始したことで、人手不足は一気に解消。
膨大な費用にまで膨れ上がっていた求人コストが、限りなくゼロに近い金額になったのですから、クライアントさまが大変喜ばれたのは当然のこと、この経験から私はインターネットの力、SNSの力の大きさを実感し、この分野において大きな自信にもなりました。
自社ブログ〜Facebook解説ブログの立ち上げと月間300万PVの達成
そこから私の事業も大きく様変わりしました。
マーケティングにおいても、広告出稿においても、あらゆる分野でインターネットを活用するようになり、自社ホームページだけでなく、より多くの人に認知をもらうためにブログも立ち上げます。
2007年から自社ブログを始めたものの、これがなかなかうまく行きません。
当時は元ライブドアの社長である堀江貴文さんが「六本木で働いていた元社長のアメブロ」というブログが人気を博しており、私もその真似事のように日記のようなブログを書き綴るだけの日々でした。
今思えば堀江さんのような成功体験も、知名度も持た無い私が、ただ日常の出来事を綴るだけのブログを書いたところで、多くの人に読んでもらえるはずがありません。
しかしながら、この時にブログを楽しみながら書く感覚を得ることには成功したように思えます。全ての経験は糧になります。
僅かな反応であっても、自分の書いたものが人に読んでもらえるというのは嬉しいことでしたし、それが人に何かしらの影響を与えるとするならば、なおさらのこと楽しい。素晴らしい経験を得られました。
ブログを書く楽しみにどっぷり浸かり、2年ほどの試行錯誤の末、2009年頃からはようやくブログから仕事を得られるようになってきました。
そして、2009年頃から私のブログは、これから日本国内でも必ず流行すると踏んでいたFacebookについて、日本人向けに解説する内容に変貌を遂げていました。
当時はmixiでの成功がずっと頭に残り続けており、『次にブームとなるSNSで先行者利益を得たい』という願望が強く残っていたのです。
Facebookの使い方から活用方法まで、いつか日本人が必要とする日が来るはずだと信じ、1日5~6記事のコンテンツを書き溜めていた記憶があります。
米国でのFacebook人気を鑑みて、そのブームが日本に伝播するのを期待し、ジッと待ち続ける日々でした。
当時は「実名制のFacebookは匿名文化のある日本のWeb事情の上では流行しない」という評論も多く聞かれ、不安になりながらも、このコンテンツに全てを賭ける想いでブログを書き続けていたことをよく覚えています。
いつしか生意気にもFacebookを日本で流行させるのは自分の役目だと信じ、ブログを書くようにもなっていきました。(その後のアクセス数を考えると、実際にある程度の貢献ができたのではないかと思っています。)
2011年頃からFacebookの認知度は、日本国内でも徐々にが高まってきました。その人気と比例するように私のブログのアクセスもうなぎ登りに上がっていきます。
Facebookという軸を持ったことで爆発的にPVは伸び続け、最大月間300万PVも記録。それ以降はテレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのマスメディアからも声がかかるようになり、Facebookを中心にSNSの専門家として活動するようになりました。
民間のシンクタンクからもお声がけをいただき、より専門的にSNSの研究を行うなどした結果、現在に至ります。社長の日記ブログだけでは絶対になし得ない事象でした。
アメブロの削除から独自ドメインブログへの移行、サイト攻撃まで
ところが、2012年の下半期(9月〜11月くらいだった記憶)に、私のアメブロは何の予告も無く削除されてしまいます。当時のアメブロは商用利用禁止。
私は直接の商展開はしていませんでしたが、ビジネスっぽい雰囲気がマズかったのか、300万PVのブログが一夜にして消え去りました。
しかしながら、この時期にはもう自分の脳の中に、ブログにおける成功体験がしっかりと刻まれています。私の中にブログを辞めるという選択肢は一切ありませんでした。
ブログ以外にも、メールマガジンやFacebook、Twitterなどで顧客と繋がっていたことがリスクヘッジにもなり、それほど大きな衝撃はなかったように記憶しています。
参考:ビジネスブロガーはアメブロを卒業すべき5つの理由
参考:アメブロに集客を頼っている人は、もう危険領域に足を踏み込んでいる!ビジネス系アメブロガーの終焉
次は同じ轍を踏まないようにと、独自ドメインにてWordPressで新ブログを立ち上げ。一時は月間40万PVのブログにまで成長しました。
されども、またしても試練がやってきます。サイト攻撃です。
未だ原因は不明ですが、シリア、レバノン、ヨルダンといった中東諸国で、私のブログのコピーサイトが数万ページも立ち上がり、そのコピーサイトから更に数万件の悪質なバックリンクがかけられるという酷いサイト攻撃です。
一時期は、月間40万PVあったアクセスも、月間1万PVに満たないレベルにまで落ち込みました。
これについては、以下の記事に詳しく書かれています。
参考:大量の低品質被リンクとミラーサイトの生成によるサイト攻撃を受けました その復旧と対策について
このサイト攻撃にも挫けることなく、やはり再度ブログを修復。
アクセス数は当時ほどに回復はしていないものの、未だに忙しくてスケジュールを空けられないほどの仕事を運んでくれます。まるで自動販売機のように。
結果、ブログからの仕事を受注するこのスタイルは、2009年から、さまざまな試練に晒されつつも、屈強に10年間継続することができました。
それにしても一度破壊され、繰り返しの大手術のような修復を行い、その後忙しく放置状態となっても、バンバン集客を続けてくれるブログの凄さには我ながら驚きます。
いや、ブログって本当に凄い。
コンセプトを磨き上げ、必要な人に届くようにしっかりと特定のキーワードで上位表示させておけば、アクセスは少なくてもバンバン成約します。
ブログの力強さをしみじみ感じています。
今の私(2019年7月現在)は、サイト攻撃移行もブログを通じてガンガン仕事が入ってくることに甘え、破壊後の創造(コンテンツの新規制作や、ブログ内の整備)を怠っていた部分は否めません。
これからブログを再整備し、またコンテンツを量産していきますね。
現在は、これまでのブログ経験、ノウハウを、講演、セミナー、Web、書籍、マスメディアなどを通じて多くの人に伝える活動をしています。
そして、それらを目にした、多くの方々が、素晴らしい結果を出してくれています。
本ブログでは、引き続きそのブログノウハウを余すことなくお伝えしていくつもりです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
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