アメリカで、奇妙なことが起きている。CNNの看板キャスターも、ニューヨーク・タイムズで四半世紀コラムを書いた経済学者も、古巣を辞めてSubstackに移った。組織の看板を捨て、自分の名前で書き始めたのだ。
Substackとは何か。日本ではまだ、便利な投稿サービスが一つ増えた程度に受け取られている。だがその理解では、看板を背負った書き手たちが、なぜ安定した組織を捨ててまでそこへ向かうのか、説明がつかない。
これは新しい配信ツールが流行っているという話ではない。誰がメディアの影響力を握るのか、その構図が書き換わっている話だ。
目次
Substackの正体は「投稿ツール」ではなく「自立型メディア」だ
Substackは、記事やメールを配信するための便利なサービスではない。書き手が組織を介さず、読者と直接つながり、課金まで自分の手で完結させる、自立型のメディアだ。
機能だけを並べれば、メール配信、短文投稿のNotes、ポッドキャスト、動画、ライブ配信。これらが一つのプラットフォームに収まっている。だから「全部入りの便利なツール」と説明したくなる。その説明は、表面的には正しい。

だが機能の話にとどめるかぎり、さきほどの問いには答えられない。なぜ一流の書き手が、安定した組織を捨ててまでここに移るのか。配信が便利だからという理由で新聞社を辞める記者など、いない。人を動かしているのは、機能ではなく構造だ。
Substackが終わらせた「組織に属さなければ書き手は食えない」という前提
従来、書き手が組織を出られなかった理由ははっきりしている。組織は、書き手が一人では手に入らない二つのものを握っていたからだ。一つは収益の基盤。広告と購読料を集め、それを給与として書き手に配分するのは組織だった。もう一つは読者との接点。読者がどこの誰なのか、その大きな読者基盤を持っていたのは媒体であって、書き手個人ではなかった。この二つを失う覚悟がなければ、組織からは出られなかった。
そして、その二つと引き換えに書き手が差し出していたのが、編集権だ。何を書くか、どう載せるかを最終的に決めるのは編集部だった。収益と読者を組織に頼る以上、編集の主導権は手放すしかない。これが、書き手と組織のあいだに長く続いた取引だった。
Substackは、この取引を壊す。購読料はStripe経由で書き手に直接入る。読者のメールアドレスは、書き手の資産として手元に残り、書き出すこともできる。そのうえで、何を書くかは書き手自身が決める。収益も、読者も、編集権も、すべて個人の側に揃う。組織を出ても自分の名前で続けられる形が、これだけ分かりやすく一つの場所に揃ったわけだ。
だから動く人間が出てきた。
ジム・アコスタは2025年1月28日、CNNを去ったその日にSubstackを立ち上げ、わずか数週間で有料購読者が1万人を超え、無料を含めた購読者は28万人に達した。ポール・クルーグマンはニューヨーク・タイムズを離れ、ジェン・ルービンはワシントン・ポストを離れた。ノーベル経済学賞受賞者の連載が、大手紙ではなく個人のニュースレターで読まれる時代に入っている。収益の規模も無視できない。ヘザー・コックス・リチャードソンの『Letters from an American』は、購読290万、月100万ドル超とも推計される。彼らは勇気がある特別な人なのではない。三つを握れる構造ができたから動いた、合理的な人々だ。
個人の成功例だけではない。Substackの有料購読者は2025年3月に500万人を突破し、2025年7月にはシリーズCで1億ドルを調達、企業評価額は11億ドルに達した。これは一過性のブームではなく、書き手と読者の関係をプラットフォームの広告アルゴリズムから引き剥がす流れが、英語圏では完了に近づいていることを示している。Substackは英語圏では既にメインストリームなのだ。

Substackは「次のメディアの影響力の移動」の入口だ
これから、メディアがどのように変化していくか、私の見立てを書こう。
私はこの十数年、大きな地殻変動の匂いを、人より敏感に嗅いで動いてきた。2010年前後、実名制のFacebookが日本に広がり始めた頃、匿名が前提だった日本のネットにも実名で発信する文化が根づくと読み、いち早く専門メディアを立ち上げた。2013年には観光DXに取り組み、2022年11月のChatGPT登場では、その数日後にはもう生成AIセミナーを開いていた。早く張って当てる。その判断を繰り返してきた。
その目で見て、Substackは次の移動の入口に見える。今回動くのは、組織が握っていた編集権と収益と読者の所有が、個人へ降りるという移動だ。私は数多くのテレビ出演、新聞や雑誌の取材を経験し、Webメディアにも携わり、個人の発信も経験してきた。
既存メディアも、新興メディアも双方見てきた立場からあらためて感じること。
Substackが英語圏でメインストリームに上り詰めた理由、それは、一つのWebメディアを中心とした小さな流行ではない。既存メディアの影響力が外へ流れ出している現象だ。
日本でSubstackが広がるのは、記者ではなく専門家と経営者、インフルエンサーから
では日本でも同じことが起きるのか。起きる。ただし、英語圏とは入り口が違う。
英語圏でこの流れを牽引したのは、もともと個人名で読者を持っていた記者やコラムニストだった。アコスタにもクルーグマンにも、組織を出ても付いてくる読者がいた。日本のメディアは、記者の個人ブランド化が構造的に弱い。社の看板で書く文化が強く、署名記事の書き手の名前を読者が覚えていることは少ない。だから日本では、記者から雪崩を打って移る、という形にはなりにくい。
日本で先に動くのは、別の層だ。自分の名前ですでに仕事をしている専門家、コンサルタント、士業、そして中小企業のオーナーや個人事業主、インフルエンサー。組織の看板ではなく自分の名前で食っている人たちが、まず入ってくる。実際、Substackに入ってみると、他のプラットフォームで活躍しているインフルエンサーや、個人のブランドで戦う経営者が書き手として動いている姿を見かける。
そのおかげか2026年5月あたりから急激に国内のユーザー数が伸びているように見える。私自身も2026年5月にSubstackを始め、半月あまりで約五百人の読者がメールアドレスを預けてくれた。
私も規模は小さいなりに経営者であり、マイクロインフルエンサーなのだろう。その匂いを嗅ぎつけた感覚がある。
組織から個人へ。Substackは発信者が手にした最も強力な道具だ
ここまでの話を、一段引いて眺めてみる。
Substackが見せているのは、世の中の構造がすでに変わったという事実だ。これまで組織の看板を借りて発信していた人間が、自分の名前で読者を集め、自分の手で収益を得られるようになった。その裏側で、新聞やテレビといった既存メディアが独占してきた影響力は、確実に弱まっている。情報を届ける主役が、組織から個人へ移ってきた。
この流れ自体は、実のところ新しくない。YouTubeで組織を介さず発信する人間は何年も前からいたし、テレビの看板を飛び出して自分の場所で語り始めたタッカー・カールソンのような例もあった。組織を出て、個人のメディアで直接人とつながる。その動きは、とっくに始まっていた。
新しいのは、その個人の発信を支える道具が、ここにきて一段進化したことだ。Substackは、長文のニュースレターも、短文も、音声も、動画も、ライブ配信も、課金も、読者リストの所有も、一つの場所でまとめて個人に握らせる。これまでバラバラのサービスに分かれていた発信の道具が、個人の手のなかで一本に束ねられた。だからいま、英語圏で爆発的に伸びている。
Substackを「アメリカ版note」で片付けてはいけない理由は、ここにある。これは便利な投稿サービスが一つ増えた話ではない。組織から個人へと移ってきたメディアの影響力が、ついに最も強力な道具を手にした、その瞬間の話だ。そして日本は、その入り口に立ったばかりだ。

















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