私がSubstackを始めた理由について、何度か質問をもらった。
「先行者利益を取りに行ってるんでしょう」「アメリカで流行ってるから日本でもいけると踏んだんでしょう」「ニュースレターの時代がまた来ると思ってるんでしょう」、こういった質問だ。
まぁ半分は当たっている。
ただ、私がSubstackを始めた理由は、もっと多層的だ。先行者利益という戦略的な理由が一つある。それと別に、Substackというプラットフォームの設計そのものに、私が好きな要素が複数詰まっているという理由がある。さらに、私がこれまで仕事を作ってきた構造、つまりダイレクトレスポンスマーケティングとの相性という理由もある。
この記事では、それらの理由を順番に書く。Substackをこれから始めるか迷っている人、すでに始めたが続けるか迷っている人、こういった方の判断材料になるように書いた。

目次
私がSubstackを始めた五つの理由
最初に結論を出しておく。
私がSubstackを始めた理由は、五つある。
一つ目は、テキストが読まれる文化があること。二つ目は、ダイレクトレスポンスマーケティングとの相性が良いこと。三つ目は、コツコツ積み上げる設計思想に共感したこと。四つ目は、プラットフォーム内で必要な機能が完結していること。五つ目は、日本でまだ参入者が少なく、先行者利益が取れる構造にあること。
順番に書いていく。
Substackにはいまでも長文テキストが読まれる文化が存在する
私はテキストが好きだ。書くことも読むことも好きだ。
これは趣味の話ではなく、自分の仕事のスタイルの話でもある。十数年にわたって私はテキストでメディアを作り、テキストで本を書き、テキストでクライアントとやり取りしてきた。映像や音声を使う仕事もあるが、自分の中核はテキストだ。
ただ、2020年代に入ってから、テキストが読まれる場所は急速に減った。
TikTokがショート動画を一般化させ、Instagramがリール機能を全面に押し出し、YouTubeがShortsを伸ばした。XもInstagramも、フィードの中心が動画コンテンツになった。テキスト中心のSNSは、Threadsを含めても、構造的に動画に押されている。
そんな中で、Substackはテキストを中心に据えたままのプラットフォームだ。動画機能もライブ機能もあるが、コアは長文のニュースレター。書き手は長文を書き、読者はメールボックスでそれを受け取る。流し読みではなく、腰を据えて読む文化が、英語圏ではすでにできている。
英語圏でSubstackが大きく伸びたのは2025年だ。有料購読者は2025年3月時点で500万人を突破。2025年7月にはSeries Cで1億ドルを調達し、企業評価額は11億ドルに達した。ジム・アコスタが2025年1月にCNNを退社してその日のうちにSubstackを始め、数週間で有料購読者を1万人超えるところまで持っていったのも、テキストが読まれる文化があるからだ。動画チャンネルを開設したわけではない。長文のニュースレターを発行している。
日本のSNSはほぼ完全に動画に寄った。テキスト中心で運用できる場所が、減った。だから私は、テキスト中心のプラットフォームに惹かれる。Substackはそういうプラットフォームだ。
メール購読中心でダイレクトレスポンスマーケティングとの相性が良い
私の事業は、十数年にわたってダイレクトレスポンスマーケティングで回ってきた。
DRMの中核はリストだ。具体的にはメールリスト、最近ではLINEリストも加わるが、本質はメールリストにある。リストを集め、リストを教育し、リストに販売する。この三段階で事業が回る。リストがなければ、教育もできないし、販売もできない。リストは事業の土台だ。
私はこの構造で事業を続けてきたから、メールというチャネルの重要性を肌で知っている。SNSのフォロワーは、プラットフォームの方針変更で一夜にして価値が消えることがある。Twitterの仕様変更、Instagramのアルゴリズム変動、Facebookのリーチ低下、こうした変化を二十年見てきた。メールは違う。メールアドレスは自分の資産として残る。プラットフォームが消えても、リストは持ち運べる。
ここでSubstackが出てくる。
Substackで先行者利益を取る実験、一緒にやりませんか?
Substackのプラットフォーム設計は、メールを中心に据えている。読者は購読登録の時にメールアドレスを入力し、書き手が記事を公開するとメールボックスに直接届く。これはニュースレター配信サービスとしての本来の構造だ。
そして、Substackで集めた購読者のメールアドレスは、書き手側で書き出すことができる。Substackをやめても、リストは手元に残る。これは私のDRMの考え方と完全に整合する。プラットフォーム依存ではなく、リスト依存。資産が手元に残る構造だ。
私が運営しているメールマガジン「落合式 AI×ビジネス戦略」は、これとは別系統で動いている。Substackはその拡張版として位置付けている。日本語の読者と英語圏の読者、両方に届くリストを、Substackで作っていく。これがDRMの観点での私の判断だ。
バズ狙いの現代SNSとは大きく異なる、コツコツ積み上げる設計思想
Substackの設計思想は、バズ中心ではない。
XやThreadsは、瞬間的な拡散を最大化する設計だ。一つの投稿が爆発的にバズり、フォロワーが一気に増え、そのフォロワーが次の投稿でまた拡散する。この瞬発力でアカウントが伸びる構造になっている。
Substackは違う。瞬発力ではなく、定着率を見ている。
これは私の推測ではない。Substackのアルゴリズム設計を担当しているMike Cohenが、2025年10月に技術解説で公開した内容に基づく。SubstackのHead of AI & ML Engineeringの肩書きで、Substackがどのようにアルゴリズムを設計しているかを公開している。Cohenによれば、Substackのアルゴリズムが最大化しようとしているのは、エンゲージメントや滞在時間ではなく、購読と有料転換だ。広告ではなく購読料の10%を収益源とするSubstackにとって、報いるべきは「読まれた量」ではなく「読まれ続けた質」なのだ。
つまりSubstackは、瞬間的なバズを生み出した書き手より、コツコツと記事を出し続けて読者を定着させた書き手を構造的に優遇する。これは私の発信のスタイルと相性が良い。私は爆発的に伸びるタイプの書き手ではない。SNSでも数字作りには興味がなく、毎日少しずつ書き続けるタイプだ。Substackの設計は、こういう書き手に向いている。
もう一つ、ここに関連する話がある。Substackには「フォロー」と「購読」という二種類の関係性がある。フォローは、ノーツのフィード上で投稿を追いかける関係。XやInstagramと同じ感覚だ。購読は、書き手が配信する記事やポッドキャストを、メールで直接受け取る関係。Substackで意味があるのは、後者だ。
フォロワーが1,000人いても、購読者が0人なら、書き手の収益は発生しない。逆に、フォロワーが100人でも、その全員が購読してくれていれば、ニュースレターはちゃんと届くし収益も生む。Substackで追うべき指標は、購読者の数だ。これは数字を盛ろうとする書き手にとっては不都合な事実だが、コツコツ続ける書き手にとっては有利な構造だ。
【考察】Substackにおける相互フォローキャンペーンの是非について考える
ニュースレター(メールマガジン)を中心にしながら、動画や音声、ライブ配信までできる機能の統合性
ここからは少し実務的な話になる。
Substackには、書き手が必要とする機能がほぼ全部入っている。
長文記事となるニュースレター(メールマガジン)の配信機能。短文ノーツの投稿機能。ポッドキャストのアップロード機能。動画のアップロード機能。ライブ配信機能。Substack内で直接録音録画ができるレコーディングスタジオ機能。
これらが、すべて同じプラットフォーム内で完結する。
普通、コンテンツを発信しようとすると、複数のサービスを組み合わせる必要がある。長文ブログはWordPress、動画はYouTube、ポッドキャストはSpotifyやApple Podcasts、ライブ配信はYouTubeかInstagram、それぞれ別のアカウントで管理することになる。配信先ごとに違う管理画面を開き、違う分析ツールを見て、違う収益化の手続きをする。これは中小規模の発信者にとって、構造的に負荷が高い。
また、プラットフォーム同士を横断するときに離脱してしまうユーザーも多い。これは発信者としては大きなマイナスになる。
Substackは、これを一つにまとめている。長文記事を書く時も、ポッドキャストを上げる時も、ライブ配信を始める時も、同じ管理画面を開く。読者リストも分析データも収益データも、全部一つの場所にある。
私自身は今のところ、Substackで主に長文記事とノーツを動かしている。ポッドキャストや動画は、まだ本格的には使っていない。ただ、必要になれば同じプラットフォーム内で展開できる、というのは精神的に楽だ。「動画も始めたいけれど別サービスを使うのが面倒」という障壁が、Substackにはない。
機能が一つのプラットフォームに収まっているということは、書き手と読者の関係も一つのプラットフォームに収まるということだ。読者は、書き手の長文記事を読み、ノーツを見て、ポッドキャストを聞き、ライブを観る。全部、同じ場所で、同じ書き手と接する。これは関係性の濃度を上げる構造だ。

日本における先行者利益の構造
最後に、これが多くの人が気になるポイントだろう。
日本のSubstackは、2026年5月現在、まだ初期段階にある。
日本語UIは部分的に対応が始まったばかりで、UI全体が日本語化されたわけではない。日本語で発信している書き手の数は、数えるほどしかいない。「Substackって何ですか?」と聞かれる段階だ。
これは英語圏とは対照的だ。アメリカでは2025年に大きな波が来た。Series Cで1億ドルの調達、有料購読者500万人突破、企業評価額11億ドル到達。ジム・アコスタ、ヘザー・コックス・リチャードソン、ポール・クルーグマン、こういった著名な書き手が次々と参入し、収益化に成功している。Substackが「次のメディアの形」として認識される段階に、英語圏は到達した。もうメインストリームとなっている。
日本にも、この波は遅れて来る可能性が高い。Facebookの時もそうだった。Twitterの時もそうだった。Instagramの時もそうだった。英語圏で起きた現象は、多くの場合、数年遅れで日本にも来る。Substackだけが例外になる根拠は、今のところ見当たらない。
もちろん、波が来ない可能性もある。日本市場の特性として、英語圏で流行ったものがそのまま流行るとは限らない、という側面はある。Snapchatなんかはそうだろう。けれども、波が来た時のリターンと、波が来なかった時の損失を比較すれば、今のうちに動いておく合理性は高い。
英語圏でSubstackが伸びている市場の詳細、有料購読者の数字、Series Cの調達の意味、こうした客観的なデータについては、私はnote.comに別の記事を書いた。「2025年、英語圏でSubstackに何が起きたのか?日本人が先行者利益を取れる理由」という記事だ。データで論証する内容なので、興味のある方はそちらを参照してほしい。
私自身が動いている理由は、データだけではない。テキスト中心の発信ができる場所がほしかった、DRMの構造と整合する仕組みがほしかった、コツコツ積み上げる設計思想に共感した、必要な機能が一つに収まっている、そして日本でまだ参入者が少ない。これらが組み合わさった結果として、Substackに今、書いている。
私がSubstackを始めた理由
ここまで読んでくれたあなたには、もう伝わったと思う。
私がSubstackを始めた理由は、戦略的な計算と、書き手としての好みと、自分の事業の構造、この三つが重なった結果だ。「アメリカで流行ってるから」という単純な後追いではない。「先行者利益が取れるから」という戦略一本でもない。複数の理由が重なって動き始めた。
これは私の動き方の特徴だと思っている。何かを始める時、必ず複数の理由を重ねる。一つの理由だけで動くと、状況が変わった時に揺らぐ。複数の理由を重ねて動けば、一つの理由が崩れても、残りの理由で続けられる。
Substackは、私にとって五つの理由が重なる場所だった。だから始めた。これからしばらく、ここで書き続ける。
あなたも、もし発信の場所を探しているなら、Substackは選択肢に入れて損はない。テキストが好きな方、メールリストを育てたい方、バズ狙いではなく、コツコツ続けるのが性に合う方、こういった方には特に向いている。
私のSubstackは「落合正和のAI×現場ノート」で書いている。もし気が向いたら、覗いてみてほしい。


























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