ブロガー叩きやSNSいじめに見る、「ネットで人を叩く人」の心理を考え「叩き」をやめるように説いてみた

ブロガーの敵「叩き屋」彼らはなぜネット上で人を叩くのか?

ブロガーには避けては通れない「叩かれる道」。

ブログ等を運営していて、ある程度アクセスが集まってくると誰もが経験するものです。これはとても気分が悪いもので、叩かれる側の人間としては、精神的にもかなりキツイものがあります。

「なんでお前なんかに言われなくてはいけないんだ」
「俺の何を知っているのか?」
「俺の目の前で言ってみろよ!」

ブロガーだけでは無く、中高生のSNSいじめも同様ですが、自分への口汚い糾弾や、非難を見かけると、耐え難いほどの苛立ち、怒りを感じます。私自身どこにも向けられない怒りの感情で、眠れない日も経験しました。

SNSやブログでの個人攻撃、晒しは卑怯者の所業である

一般的な感覚では、人を叩く行為は気分の悪いものです。それは、叩く側に回っても、叩かれる側であっても同じ。

人の悪口は言いたく無いし、言われたくない、聞きたくもない。これが一般的な人間の感覚でしょう?

手の届かない遠くから、悪意に満ちた誹謗中傷を投げたり、口汚く糾弾、非難する”叩き屋”。まさに卑怯者の所業と言えるでしょう。(叩かれるのが嫌ならブログなんか書くな!という意見には私は全く賛同できません。言論の自由はあっても暴力の自由は無い。)

ところが、ネット上では叩くことが大好きな人がいっぱいいます。

普段はおとなしく、静かな人であっても、ネットの世界に入ると急に攻撃的になる人もたくさんいる。

人間はなぜ、ネットで人を叩くのだろう?なぜネットに入ると攻撃的になるのだろう?SNSを使っていじめ行為ができるのだろう?

今日は、「ネットで人を叩く人の心理」を考え、それぞれのタイプの方々に「叩き」をやめるように説いてみました。

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ネットで人を叩く心理 その1 〜ネット上で日常の鬱憤を晴らしている人へ〜

多いみたいですね、日常の鬱憤を他人を叩くことで晴らしている人。

学校で会社で、先輩や上司から辛くあたられ、日頃の鬱憤がよほど溜まっているのかもしれません。

でもね、他人を叩くことでストレス解消している人!それは、はっきりいって八つ当たりです。

ブロガーをどんなに叩こうが、明日から先輩や上司に優しくされることはありません。あなたの環境は明日も今日と同じです。

なんの解決にもなりませんのでやめましょうね。

ネット上の八つ当たりなど、人を刺した後に「誰でも良かった」と言っている通り魔と根本的には変わりませんよ。

ネット上の発言でも、思いやりを持ちましょうね。

 

ネットで人を叩く心理 その2 〜「自分のほうが上!」ってことのアピールのために叩いている人へ〜

自分の意見に自信が無い、自分の実力に自信が無い。

自分を優位に立たせたいがために、他人を誹謗中傷してしまう人!

他人を蹴落としても、自分の実力は向上しません。

自分の弱さを隠すため、自分を正当化させるための防衛策として人を叩くのでしょう。

過剰な自己防衛や、劣等感から攻撃的になってしまうその気持ちはわからないでもありません。しかし、そうして設えた化けの皮はカンタンに剥がれます。

その恐怖を克服するには、自分で実力をつけるしかないのです。

本当に自分に自信がある人は、悠然と構え、他人の悪口など言わないものです。

 

ネットで人を叩く心理 その3 〜自分の価値基準以外を許せない人へ〜

自分自身の価値基準から外れると攻撃したくなる人がいます。

時間に厳しく生活している人が、他人にも厳しい時間管理を求めたり…
額に汗して働くことが信条の人が、楽して稼ぐ人を非難したり…
自分より良い生活をしている人を攻撃したり…

自分の価値基準を人にも押しつける人!

自分と違う価値基準の人を叩いて、正義だと思っていませんか?

これは相当に恥ずかしいことで、無知の極みです。

価値観は人それぞれ。どんなにあなたが批判したところで、相手の価値観を変えることはできませんし、あなたに従属することもありません。

視野が狭いからそうなるのです。もっと勉強しましょう。多くを知ることで、思い込みや、先入観を無くせば、違う価値観を受け入れることができるようになります。

世の中に正解は一つだとは思わないことです。

 

ネットで人を叩く心理 その4 〜集団心理で人を攻撃する人へ〜

さきほどの価値観の項目とかなり被りますが、集団の中に一人価値基準が違う人が存在すると、一斉に叩くケースも存在します。

これが、LINE等で見るSNSいじめや、ブロガーの炎上につながります。

価値観の同じ人で集まり、自分たちと違う価値観の人を貶めることで、連帯感や絆を感じる歪んだ人間関係に身を置く人。

本当にそれで人生楽しめますか?

多様な価値観を認めると、新しい世界が見えます。

これまでの価値観との融合で、今まで見えなかったものが見えてくると、それは快感とも言えるものです。

そんな世界を知らないのはもったいないと思います。

反論と誹謗中傷は違う。思想や考え方への意見と、個人攻撃は違う。

ネットで人を叩く人の心理。こんなところでしょうか。

いかに彼らが愚かであるか、よくわかります。

いろいろ説いてみましたが…

普段から「叩く」ことが習慣になっている人にとっては、いくら説いても無駄でしょうね。まぁ叩き屋100人のうち1人でも「もうやめよ…」と思ってくれることを願います。

そうそう、反論と誹謗中傷は違います。

反論は相手の意見を汲んだ上で、自分の考えはこうである!と主張するもの。

口汚く相手を糾弾するようなものは反論とは言えません。

思いやりを持ちましょうね。

また、さまざまな思想や意見に反論するのと、特定の個人を叩くのではまったく意味合いが違います。

このブログ記事も、”ネット上で悪意に満ちた誹謗中傷を投げたり、口汚く糾弾、非難する人”を非難しているわけですが、特定の個人を攻撃しているわけではありません。

この区別がつかない人も幼稚です。もうちょっとした病気なんでしょうね。

ブロガーも、SNSいじめを受けている人も、叩かれても凹まない強さが必要!

ブロガーは必ず叩かれます。

どんなに素晴らしいことを書いても、愛溢れる文章の人も、目立てば(アクセスが多くなれば)必ず叩かれます。

つまり、ブロガーとして大成するには叩かれる覚悟も必要なのは事実です。

集団に身を置く人も同様です。

昭和的な価値観を持つサラリーマン社会の中で、起業家的な思想を持てば、異質な存在として叩かれます。

※私も経験アリです。サラリーマン時代、正しい持論を展開しても、会議やメーリングリストで叩かれました。今でいうSNSいじめみたいなモノですね。結果的に私の意見が正しく、売上にも表れて名誉回復できましたが…

今回は叩き屋を非難する記事を書きましたが、彼らがこの世からいなくなる日は永遠に来ません。

ブロガー叩きも、SNSいじめも、人間が存在する限り無くなりません。

だからこそ、私たちは強くなる必要があるのです。

強くなるにはよく学ぶことです。

自分の発信する情報、意見に絶対的な自信を持っていれば、叩かれても余裕を持っていられます。

自信を持って情報発信し「そうだよね。」と言ってくれる仲間がいれば、叩かれても辛くないですし^^

時には仲間が反撃してくれることもあります。

私も多くの素晴らしいブログ仲間とつながり、叩かれることへの恐れは少なくなりました。

他人を口汚く糾弾する叩き屋を許容することはできませんが、私たちは叩かれても凹まない強さも必要!

一緒に頑張っていきましょうね。

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12件のコメント

普段、ネットでコミュニケーションをとることが少なく、丁寧な文章を心掛けているにも関わらず、とある大きい掲示板で、「この子、日本人?大丈夫?」とか、「知的障害者」であるとか、「デブス」など、面識のほとんどないと思われる人々から、異常なほどに侮辱する書き込みが多数あり、個人情報を載せられて物凄く衝撃だったことを覚えております。その環境から離れた瞬間、ターゲットが変わり総攻撃を受けているのをみましたが、一人一人の人間性をみることもなく、自身の価値基準から少しでも異なると鬱憤の捌け口としてぶつける人間の醜さを感じた瞬間でした。何故ここまで、「人の痛みがわからない人間」が増えたのでしょう。これも、コンピュータ技術が発展し、9割がたの日本人がネットと共存していることで、直接的な接触が減ったからでしょうか。もしくは、技術が発展したからこそ、コミュニケーション能力を身につけなくても、生きていけると判断した結果からでしょうか。いずれにしても、ネット社会における弊害は凄まじいものです。やはり、嘘か真か判断できる人々ではないとネットを使いこなすことは難しいのかもしれません。表面的なものに惑わされずに本質を見抜く目を持つ人々が多くなることを祈るばかりです。

私がネット触り始めた当初(もう20年近く前)は、
みんなHN持ってましたしお互いが見えないからこそ、
リアルより気を使って気持の良いコミュニケーションを心掛けようという風潮がありました。
HNこそあれ当時も匿名は匿名。でもしっかり、
「人間とコミュニケーションをとっている」感覚はありました。

それが今や・・・
検索で目立つようなサイト(まとめブログなど)は罵詈雑言の荒らし、
怨嗟が渦巻いてます。相手を思いやる気持ちなど欠片もなく、
憎悪をまき散らす名無しさん達を見ていると、人間と言うかもう、
言語だけ理解した獣みたいなもんじゃないかと思ってしまいます。

モニターの向こうには同じ人間がいることを理解していないのか、
それを分かっていても相手を貶めたい人間が増えたのか。
どうにかならないもんですかね。昔は同じ趣味を持った人に巡り会ったり、
楽しかったものですが。

特定の誰かへの執拗な叩きや不当な批判、幼稚な悪口に疲れ、ネットで誰かを叩く匿名さんの心理が知りたくなり、こちらの記事にたどり着きました。“人の悪口は言いたく無いし、言われたくない、聞きたくもない。これが一般的な人間の感覚でしょう?”60000回頷きました。悪口や悪意ある解釈でアクセス数を稼ぐ炎上系まとめサイトが本当に嫌いですし、ツイッターにアンチ垢が大量に存在している事実も、アンチに言い返すとなぜか叩かれるという風潮も嫌いです。叩く行為がいかに幼稚で愚かか、きっと彼らは分かってはいないのでしょうね。

叩く人の心理は様々あると思いますが頑張ってなにか行動を起こしている人の足を引っ張るような無責任かつ、分別のない言動が多く悲しい気持ちなることが多いです。

情報発信をされると必ずアンチがいると思いますし、見方がいてもアンチの意見はひとつ見ただけで気持ちがどんよりとしてしまいます。
日本も景気がいいとは言えず閉塞感が漂っていて人の足を引っ張るような言動をしたくなる人もいるのでしょうがそういう心理が日本が停滞している根本の原因の様な気がします。
いいものはいい
正直に認めるところからしか成長や回復はないと思います。
もっと優しい雰囲気が増えたらいいなと思います。

「人の悪口は言いたくないし、言われたくない、聞きたくもない。」
これを一般的な人間の感覚としてネットで不特定多数を相手に発信している視野の狭さと、ネットで人を誹謗中傷する人や、人を刺して「誰でも良かった」と言っている通り魔が生まれる理由には相関関係があると思います。

>反論は相手の意見を汲んだ上で、
>自分の考えはこうである!と主張するもの。
相手の議論の不備を指摘するのが、反論・反駁です。「自分の考え」を主張してしまったら、「異論を唱えている」ことになります。主張に対して証拠と理由が、明確に表現されていなければ、「反感」を抱いても、反論はできません。落合正和氏と、その他の人物に共通する前提は、「意見の否定」を「人格の否定」と錯覚していることだと思います。「意見=人間」では、ありません。人間でないなら、「心理を考える必要」も無いと思います。上記の主張に対しても、「自信がある」ならば、「悠然と構え、他人の悪口など言わない」という態度で受容されることを希望します。

ブログにしろ、掲示板にしろ、コメントを残すには、自分がどこからアクセスしてるのか(個人情報が)完全にわかるシステムにすればいいのに。
そうすれば、リンチ、祭り、炎上、誹謗中傷、個人攻撃、いじめは今よりもっと無くなる。匿名だから、みんな安全な立場から好き放題な事言うんだよね。

ネットでリンチや祭りや、個人攻撃を行う連中は、リアルでは相手の目を見てモノも言えない小心者だったりする。

リアルでも他人を虐める人がいますけどね。大勢で人を虐めたり、立場が下の人を虐めたり。殴られたら、警察を呼ぶとか先生を呼ぶとか騒ぎ出したり。

ネット云々以前から起こっていた問題がネットを通してより表沙汰になってってところですかね。

本当にどういう生き方をしたらそんなことが出来るのか…

家庭の事情で〜
会社で〜
学校で〜
そんなことはどうでもいいし知ったこっちゃない。

人に迷惑かけたり誹謗中傷をしていい理由にはならない。

何故そんなこともわからないまま大人になるやつがいるんだ?

過去のコメントにもあったけど、ほんと病気以外のなにものでもない。

私も最近 アメブロで酷い誹謗中傷を10記事近く書かれました。
しかもその人は同じ専門医療の被害者だったのに・・・
私にも落ち度はあり、当初はアメブロのセラピストNの方へコメントしたら
あまりにおかしな対応をされてモヤモヤしたことを数記事 意見 批判記事を書いていました、その記事を読み誹謗中傷してきたRはNのフォローという体て
自分の鬱憤を私一人を攻撃対象にして、誹謗中傷してきた
Rから潜在意識関連の話をメッセでしてきたから私も長文でそういう事をメッセしたら全文コピペされて誹謗中傷記事を何記事も書かれ、
Nの批判記事を書いたことを反省しているという私の記事を
リブログされて そこでも誹謗中傷記事を書かれ、
あの手この手で誹謗中傷された私はそんなことRに対してやってないのに
Rは自分が完全なる正義で悪者(私)をやっつけたとか記事で書いていた。
私が自分のブログで書いていたのはNが私を馬鹿にしてきたから
そのことについて、意見記事を書いて、
でもセラピストのNに2通 批判記事を書いたことは罪悪感もあり
謝罪してまた私の言い分、(普通に話したかった)事をかいたら
またもや最後にNから病人扱いされたバカにされたメッセが来た
疲れて FC2に行くも関係者からセカンドレイプのように
全てお前が悪いという内容のコメントやお前の写真がばらまかれているという
嘘の脅し、しかも味方と思っていた人物と似たことが書かれているので
もしかしたら 別人に成りすまして、悪質コメしてきてるかもしれない

ライブドアに逃げても まるで私が悪いと言いたげな2名 コメが来て
最後まで味方と思っていたYさんまで 最後に今まで言ってくれていた
「あなたは 悪くない 悪いのはおかしいことした Nだ」と言っていたのに
全てを覆し、私を批判し、攻撃してきた。
もうこれはネットの集団虐めです。

本当にあまりのおかしさに驚きました。
けど、こちらの記事を見て もっと早く観れば良かったなと思いました。

古い記事ですが共感します。

ただ僕が思うにこの問題の根本的なところは、叩く側が良心の呵責を感じづらいこと。
特に集団でマイノリティを攻める場合には自分に正義を感じることすらあるということだと思います。

ニーチェは「善良な弱者」というような言葉を民衆の批判に用いていますが、まさにそんな感じで。

難しいのは、たとえば差別を行った人を集団でバッシングすることが正しいのかどうか。
これは賛成派と反対派で少しすれ違った大義があるように思います。

僕の結論としては、叩く側が「自分が目隠しされた人間を見せしめとして殴っている」ことを自覚して良心の呵責を感じながら殴るのなら許容したいと思っています。
とはいえ本人が悪意を自覚しているかどうかは分からないし実用性はないですね。。

どちらにせよ、難しい問題です。

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落合正和
株式会社officeZERO−STYLE代表取締役
一般財団法人モバイルスマートタウン推進財団 副理事長兼専務理事
マーケティング・コンサルタント&Webメディア評論家&ブロガー
ブログやSNSを中心としたWebメディア、生成AI活用が専門。ネット事件やサイバー事件、IT業界情勢、インバウンド観光、生成AIリスクなどの解説で、メディア出演多数。 ブログやSNSの活用法や集客術、SEO、リスク管理等の講演のほか、民間シンクタンクにて調査・研究なども行う。 著書: 会社のSNS担当になったらはじめに読む本(すばる舎) ビジネスを加速させる 専門家ブログ制作・運用の教科書(つた書房) はじめてのFacebook入門[決定版](秀和システム)